■ワクワークショップ

ワクワークショップVol17バナー

■プロフィール

proclamation

Author:proclamation
ビジネス書著者を講師に招いたワクワークショップを主催。
Vol.01 横田尚哉氏、Vol.02 小山龍介氏、Vol.03 田島弓子氏、Vol.04 島田昭彦氏、Vol.05 マダム由美子氏、Vol.06 板橋悟氏、Vol.07 齊藤正明氏、Vol.08 阪部哲也氏、Vol.09 川田浩志先生、Vol.10 山口路子氏、Vol.11 マダム由美子氏、Vol.12 手塚美幸氏、Vol.13 横田尚哉氏、Vol.14 Marie&Carol、Vol.15 秋竹朋子、Vol.16 田島弓子氏。

■最近の記事
■リンク
■最近のコメント
■最近のトラックバック
■ブログ内検索

■FC2ブログランキング

お気に召したら下↓をクリック!

FC2Blog Ranking

■月別アーカイブ
■カテゴリー
■FC2カウンター

■広告

■Amazonビジネス書籍
■RSSフィード
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


スポンサー広告 | --:--:--
『マキアヴェッリ語録』読書ノススメ
今の日本を見て言っているのですか? と聞きたくなる内容も
500年と、イタリアはフィレンツェと、時と場所を隔てても人の世は変わらず

マキアヴェッリ語録 (新潮文庫)
塩野 七生
新潮社
売り上げランキング: 1540



なぜこの本が積読状態になっていたのかは、今ではもう分かるすべはありませんが、この本を買った自分は褒めてやりたいです。

本の最初「読者に」の冒頭で塩野七生氏が、“この『マキアヴェッリ語録』は、マキアヴェッリの思想の要約ではありません。 抜粋です。”と述べられている通り、本当にマキアヴェッリの著書からの抜粋だけで出来ています。

ただ、著者が選んだだけあって、どれも含蓄のある、一々唸ってしまう抜粋文がこれでもかって並べられています。
このように一部だけとは言え、著者の意見・解釈もなく、著者の思いによる要約でもなく、ただ抜粋文の羅列だけでも、原著が素晴らしいと迫力のある読み物になるのだと認識させられました。

同じく「読者に」で本書への思いが書かれています。
“彼の生涯にかぎらず彼の思想においても、彼と五百年後の日本人の間に横たわる柵を取り払ってしまいたかったのです。 書かれた当時にみなぎっていた生気を、何とかして読者にも味わってもらいたかった。”
十分味わえました。

結局、著者の言葉は先ほどから引用している「読者に」にのみ語られており、その中でも気になったくだりがあります。

“マキアヴェッリが生前に眼にすることのできた自著の印刷本は、この『戦略論』のみでした。
ということは、この著作のほうが、『君主論』や『政策論』以上に、当時は受け入れられたということです。(中略)
彼の代表作は、彼の死後にしか印刷されなかった『君主論』と『政策論』です。 時代から受け入れられる度合いが強ければ強いほど、時代遅れになる危険性を内包している、という例の一つかもしれません。“

最近、ビジネス書を一度離れて古典に浸ろうと思っていた矢先に、この言葉が来たのでビックリしました。
急がば回れ、ということでしょうか。 

 

 


 

■PickUpPoint

◆君主は、民衆がなにか誤りを犯したとしても苦情を言うことはできない。
なぜなら民衆の犯した誤りは、統治者側の怠慢からか、そうでなくても、統治者が犯したことを、彼らもまた踏襲しているにすぎないからである。
リヴィウスは言っている。
「大衆は常に、政治を行う者を模倣する」『政略論』

まだ偉くなってないので、それ程気にする必要はないのですが、心しておかねばならないことです。
このような関係を“鏡”で表現している本がありました、なんていう本か忘れてしまった・・・

◆祖国の存亡がかかっているような場合は、いかなる手段もその目的にとって有効ならば正当化される。『政略論』

国ならば正当化されるのかも知れませんが、一企業がこれをやってしまうと“偽”に象徴されるような事態を招き、どちらにせよ亡ぶのでしょう。
ただ、“存亡がかかる”ような状況を自分では経験していないので、イザという時の自分の挙動については自信がまだない。

◆一個人の力量に頼っているだけの国家の命は、短い。
なぜなら才能がいかに優れていようと、その人の命が絶えれば、すべてが終わりだからである。『政略論』

完全に一昔前の話しになりますが、「城南電機の宮路社長」を久しぶりに思い出しました。
宮路社長が亡くなられてから売り上げが急降下し、1ヵ月後に全店閉鎖ですから・・・かなり極端な例ですが、だからこそ記憶に残ります。
教訓になっていないと思われるでしょうが、一個人(もちろん私)の力量に頼っているだけの会社まで、まずは昇りたい。

◆弱体な国家は、常に優柔不断である。
そして決断に手間どることは、これまた常に有害である。(中略)
決断力に欠ける人々が、いかにまじめに協議しようとも、そこから出てくる結論は、常にあいまいで、それゆえ常に役立たないものである。
また、優柔不断さに劣らず、長時間の討議の末の遅すぎる結論も、同じく有害であることに変わりない。(中略)

この「弱さ」が、強大な外圧によって吹きとばされでもしないかぎり、この種の国家は、あいも変らず優柔不断をつづけていくことになろう。『政略論』


“国家”を“会社”に置き換えると、そのまま当てはまりますね。
人が集まる単位が違うだけ(でもないのですが)だからでしょう。
後半は日産のカルロス・ゴーン氏に代表される話し、そのまんまです。

◆なにかを為したいと思う者は、まずなによりも先に、準備に専念することが必要だ。
機会の訪れを待っての準備開始では、もう遅い。 幸運に微笑まれるより前に、準備は整えておかねばならない。
このことさえ怠りなくやっておけば、好機が訪れるやただちに、それをひっ捕らえてしまうこともできる。
好機というものは、すぐさま捕えないと、逃げ去ってしまうものである。『戦略論』

せっせと準備に励んでおります。
いつか幸運に微笑まれる時を、信じ続ける方が大変かも。
世間がどんどんせっかちになっていますから、雰囲気に流されないようにしないと。

◆人は、ほとんど常に、誰かが前に踏みしめていった道を歩むものである。 先人が行なったことをまねしながら、自らの道を進もうとするものだ。『君主論』

500年前から言われていたのですね。
まだまねしているだけで、“自らの道”ってのはなんにもありません・・・
位置的には“守・破・離”の“守”のとっかかり辺りでしょうか。

◆長期にわたって支配下におかれ、その下で生きるのに慣れてしまった人民は、なにかの偶然でころがりこんできた自由を手にしても、それを活用することができない。活用をする術を知らないのだ。『政略論』

グサッとくる言葉です。
今の自分では、お金と自由を与えられても有効に活用することはできないだろうと想像できます。
実は、しばらく前にその事に気づき、宝くじを買うのを止めました(ちょっとズレています?)

 

スポンサーサイト


テーマ:今日の一冊 - ジャンル:本・雑誌

Books | 23:54:15 | Trackback(0) | Comments(0)
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。